最近の気分のひとつでもある“ジャズ”。大人の音楽のようで、なかなか踏み出しにくい気がしていたのですが、ジャズをルーツに持つアーティストの柔軟さと不思議な色気はとても魅力的です。

 ジャズをニュー・ウェイブ、ロックにシフトさせたThe Lounge Lizards。Yukimi Nagano率いるホットで幻想的なLittle Dragon。“ジャズ”という一言で括れない、収まりきらない懐の深さといったら…。

 今回はそんなジャズやダンス・ミュージック界から、気鋭アーティストではなく、アシッド・ジャズ・シーンを牽引する存在、Nitin Sawhneyをご紹介したいと思います。クラシックの英才教育を受けたNitinは、ピアニストとしての顔をはじめDJ、プロデューサー、コンポーザーなど、その才能をいかんなく発揮しています。(大学卒業後はコメディアンだったというキャリアにも驚き!!)

 その活動範囲の広域さもさることながら、英国出身であり、インドの血をバックボーンに持つ彼の創りだす音楽の異色なことよ…! 深く深く自らの“血=アイデンティティ”に潜ると同時に、全体を俯瞰する冷静さを兼ねています。それは歌詞だけでなく、音そのものにも顕著に表出。ブリティッシュ・エイジアンとしてのアイデンティティを失わずに、インド音楽、ラテン音楽、ヒップホップ、ドラムンベースといったいろとりどりの音楽を融合。さらにラテン・シンガーのTina Graceらを迎え、エスニックな要素を織り交ぜた多重的な音像が浮かび上がります。

 1993年に発表した1stアルバム『Spirit Dance』では、自身の出自や体験に基づいた民族意識を根底に、人種問題や政治観などを描きました。『Beyond Skin』(2004)でも、グローバルに展開する音のなかに、Nitin Sawhneyという個人が投影されており、聴きこむと同化するような危うい気持ちになります。「Letting Go」の妖しさなんてハンパじゃないです。

 『London Undersound』(2008)は、ロンドン地下鉄テロ事件の影響を色濃く受けており、陰鬱な不穏な空気と思慮深さが同居した怪作です。特に先のTinaをフィーチャリングした「Transmission」は、暗く濁った空気が重くのしかかり、踏ん張っていないとNitinの感情に飲み込まれるかのよう。

 9月30日にリリースされた『Last Days of Meaning』は、グルーヴ感や艶が増し、ジャジーな手触りが強調されています。楽曲の完成図が見えている状態で、あえてきっちりとした完成形の一部を壊す。そうして生まれたわずかな不安定さが、独特の美しさを生みだしているのではないでしょうか。

 実際に目にする機会がなく音源だけでしか耳にできていませんが、いつかロンドンの地で体感したい! と密かに願っています。

Nitin Sawhneyオフィシャル・サイト

Text by:やまだみお